別荘建築としてのコンテナ

コンテナは海を越えてやってくる
生産地は中国だったり、韓国だったりその特性に合った工場を使う。

「別荘」という概念も時代とともに意味合いに広がりが出て裏に張り付くシニフィエが変わってくる。かつて多くは「避暑」という概念の元に「別荘」は成り立っていた部分が大きい。つまり、夏の都会を離れて高原で暑い時期は避難する場所=「長期間仕事を離れる事が出来る立場にあり、その建物を避暑が可能な軽井沢や蓼科などの場所に持つ事が出来る経済力の象徴」でもあった。「別荘に家族と出かける」というコトバはかつては、経済的ステータスを象徴するコトバだ。今でもそういう別荘は存在するが、使い方としては今やもっと広がりを持ってきた。

「永住出来る別荘地」=基本的にはリタイア年齢で、仕事をしていた都会などにマンションなどを所有し、リタイアしてからはその使用頻度が逆転し「別荘に実際に住み」時々「街に帰る」というパターンだ。この場合それなりの年齢だし、客をたくさん呼ぼうという訳でもないので「老夫婦2人で負担なく暮らせるサイズ」がちょうどいい。そんな選択肢も出てきた。家に多大な投資をするよりももっと色々と趣味を楽しみながら「住む場所や住み方にはそうこだわらない」住宅ローン支払いで何も楽しい事が出来ない。なんて生活はごめんだ。そんなライフスタイルの選択肢の一つになり得るかもしれない。

年を重ねてからは「寒い所は体に堪える」という事で南の島に移住というパターンもある。実は南の島は廻りが海なので真夏でも33°Cを超える事はあまりない。日差しを直接浴びると強烈だが気温は上がらないのだ。事実夏の気温は沖縄より東京のほうが暑い。「避暑」というコトバが生まれた昭和初期は「エアコン」なんてない時代。とりあえず涼しく過ごす事はエアコンさえあれば出来るご時世だ。冬の厳しい環境から離れたほうが高齢者は確かに楽だろう。

そんな南の島にでも、山奥の人里離れた場所にでも、望むなら北の大地にでも、極寒の極地にでも「コンテナ建築」は持って行く事が出来ます。田舎や島では建築業者すら見当たりません。「持って行く事が出来る」世界規模のロジスティクスシステムをベースに計画された当社のコンテナハウスは、中古コンテナを改造したのではなく、「コンテナのロジスティクスを利用しようと計画された新たな建築システム」なのです。

「コンテナの別荘建築」も合わせてお読みください。
特集カテゴリーを作りました。

コンテナの別荘建築

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はいむるぶしとコンテナハウス

南の島から「コンテナハウス」はオファーがよくかかる。

理由は解っている。島にはそのスケールによっては建設会社が多いとは言いがたい。沖縄本島などであれば補助金も多く、公共事業はまだ多いが、離島となると、ビジネスとして成り立つのはマリンゼネコン系などが公共事業の発注を受けるくらいだ。小笠原系などはまだ「東京都」だから公共事業のインフラ事業、つまり土木工事などはまだある。しかし、民間の「住宅」や「宿泊事業」などではそれを建設してくれる会社すら乏しくなる。

そんな時「コンテナハウス」は一つのソリューションとなり得る。

作り上げて「船に乗せて=コンテナだから」運ぶ。届け先では「基礎工事」と「設備系の繋ぎ込み」はあるものの、本体の工事は出来上がって持ってくるから現地での工務店依存度は極めて低い。いざという時は施工期間は短いので職人を連れて行く。本土で作り上げる本体価格は「本土価格」そのものだ。もちろん最終的に「船で運び、現地の敷地まで運び、設置する」という作業には輸送コストも発生するが、もともと「離島建築」はすべからく「輸送費がモノに覆い被さっている」ので、それらの価格よりはうんと低価格で実現可能だ。南大東島などでは建築費は本土の3〜4倍と聞く。コンテナハウスは輸送してもそんなに高価な状態にはならないので離島からのオファーも多いのだ。

「はいむるぶし」が改装工事を行った。ちょっとだけ手伝わせて頂いた。ガーデンレストランのドリンクバーにコンテナハウスを使ってもらった。なかなか可愛いモノが出来たと思う。その可能性を感じてくれたクライアントが設計担当の日建設計に依頼して採用が決まったらしい。

実際、これらが建っている離島からはよく問い合せがやってくる。沖縄本島はもとより、久米島、八重山諸島の石垣島、宮古島、鳩間島、小浜島、太平洋側の小笠原諸島、父島、母島、・・・・・事実施工は可能だ。

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コンテナハウスはコンテナっぽくない時もある

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コンテナハウスはみな「コンテナ」っぽいかというと、そうではない作りも簡単だ。

仕事が詰まって、スタッフ共々ドタバタと仕事をこなしているときも活気があり、何かが作られて行く様をそのまま表していて楽しい。また同様に、あるいは反対に、少し目の前に迫った仕事の事を忘れて、一人でアトリエで勝手な仕事をしている時が最も心地よい。(それでもやっぱ仕事してるのか・・・)。

建築は実はテクストだ。「最も文学に近くて遠い物理的構成物のレトリックの世界」だ。つまり建築物を造る事は「物語を書く事」に概ね等しい。それは「ある一つの世界」を描く事になる。独立した物語りなのか、周りの状況に溶け込んで行く環境一体型の拡散型世界なのかそれは設定によることになるのだが、建築家の作業は小説家のそれに似ているように思えるのである。

構成の方法をよく、言語論的アプローチ、あるいは構造主義的アプローチを試みる。一方で建築も総合芸術の一つのジャンルであり「わたくしたちの中に潜む自由な表現の発露」を具現化する事が建築としての表現の一つであろうとも信じている。その構成のアプローチやマニエラが仕事の質を決定づけるものでもない。アートとして考えた時、クライアントの存在が消失してしまう。故に昨今の私どもの仕事は「作品」ではないと考えるのが正しいし、「私どもは作品主義ではない」と公言している。つまり仕事に関しては「顧客主義」を貫いている。しかし、気弱な言い方をするならば「アート的要素」には建築は満ちていて、その要素を抜きに仕事に臨むことは出来ない。

一人だけのアトリエでは、時間すら自由に流れて行く。流れて行っていつの間にかなくなってしまうが(爆)心地よい倦怠感の中で、あんなことや、こんな事(謎)を考えていると、明日への希望や勇気やアイデアが生まれてくるのである。

話はもどり、コンテナっぽくない作り。
アノニマスに近いリージョナル建築デザインコードをいかに自分の中で消化し、人のために仕事の中に埋め込んでいくか。そのコードは、ギリシャ(爆)・・ごっつトレンドやん、ミコノス、白&ブルー、しっくい、手作業、まあるいデティール、地中海イメージ。そんなシナリオを経て出来たのが、外壁を覆い隠し、モルタルで塗ったこのコンテナハウス。そんな事も出来るのである。