たまには仕事のやる気を見せる記事を。w コンテナハウスの素晴らしさ。

日本のどのコンテナハウス屋さんより、当社は意味のあるかっこいいものを作ります。
コンテナそのものにも多くの意味や機能がありますが、
あなたがそれを使って作りたいとき、あなたがコンテナを使う意味を
誰よりも理解して、その意味を持った建築に造り上げる自信が私どもにはあります。

多分他の「中古コンテナ」を使うコンテナ建築屋さんより、
ちょっと高いだろうけど(爆)それは仕方ない。
法的に適切な状態で作る義務が私どもにはあるので、
コンプライアンスはきちんと実行させていただき
あなたの一つの財産として意味のあるものに仕上げます。

実は、ここまでの広がりを持つ事が出来る「建築システム」に成長させる事が出来るとは思っていなかった(爆)。
気づいている方は気づいているだろうが
コンテナはある種のシステムと爆発的化学反応を起こして
世界的な一つのシステムとして広がろうとしているのだ。
それは実は生産している工場の設計の人間も気づいていない。

工業化建築システムをデザインしようという試みに入って行く設計事務所の方は非常に少ない。
なぜなら「興味がない」(爆)からだ。
工業化の中に「アート」や「自由」が存在しないと思っている人が大半だからだと思う。
サーノーマンフォスターを見てみたまえ、ヨーンウォッツォンをご覧なさい。
やがて日本発「コンテナアーキテクチャー」が始まる。
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土地の記憶と窯変。歴史の記憶と建築。コンテナハウスの役割。

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比較的長い歴史を持つ街。と言った時、江戸末期が1850年あたり。その頃から言うと165年ほど時間は経過している。書物的な記憶はもっと時間を遡る事が出来るだろうが、165年の月日は世代交代を25年ほどとすると、6世代を超える世代交代という事になる。つまり、私ー親ー祖父母ー曾祖父母ー○×ー○×ー○×あたりまでさかのぼればそのような時代となる。いや、それはもう多少の記憶を持った紙は残っているが、ほとんど手がかりはないレベルの時間の流れだ。いわゆるなにがしかの超老舗の6代目から7代目が運営している店やビジネスのような世界だ。でもそんな「お家柄」であれば江戸末期の「建築物」や「家宝」や、「焼物」などであれば残っている事もある訳で、それが希有な事なので大切にしようという事なのだ。

とある今回の敷地はそのような屋敷も「記憶に残るレベルで存在していた地域」らしい。その記憶を掘り起こしながら、その時間の集積の中からいくつかの空間的な、あるいは文化的なコードを抜き出し、再構築を試みる。という「コトバ」でいうとなかなか壮大な試みだ。それらまだ残っていた屋敷の中庭から「石」を持ち出して広場に再配置したり、「カタチ」としての形態言語的記憶を再配置するという試みを行っている。それらのコードやモードをスーパーインポーズして行くと、新たなノードが形成される事もあるのではないかという試みなのであろうが、相当な外的エネルギーを注がねばそれに気づく事すらないだろう。

でもまあ、それはそれでいいのだ。と割り切ってしまえばある意味面白い試みだ。なんとなく多くの関係者が納得する感じはある。そんな文化を伝えたり、歴史の記憶を考える広場という役目は私的なものとしてはなかなか作られる事はないので、社会的な建築という事になる。

そこにコンテナハウスが登場する意味は何なのだろう。必然というには苦しい。実は「期間限定」という要因によって生まれた発想だ。しかも再利用も出来るサスティナブル性は現代社会に不可欠だ。しかし「カタチ」的には元々のコンセプトを守るにはなかなか無機質なハコである。しかしてコンテナは大屋根という外皮を纏う事となったのだ。5年程度で経済的な償却をする事は難しいのだから、予算は限られてくる。大上段に構えた太刀(コンセプト)を振り落とすには渋い予算で物事は進み始める。

無駄な予算をかけるのはもちろん「もったいない」ので、その精神のエキスだけを残しながらプロジェクトは進んで行く事となる(爆)。でもまあ楽しんでるよ。最近「ダブルスキン」的コンテナハウスのデザインを進める事が多くなった。それはダブルスキンの機能を追いかけるというより、何かを纏わねば少しボキャブラリーが足りないというちょっと薄ら寒い感じがしなくもない。ただ、コンテナハウスの使い方の一つの方向ではあると思っている。

日テレ

屋根を受ける構造材もコンテナの構造体から伸張させて作ろうとしている。構造的に合理的で経済的で、かつその屋根勾配が「瓦」の勾配屋根に近くしたいのだが、広場もこんな立地の中ではなかなかの広さがある。視点の引きがとれるから平屋の屋根だから、遠景からは「屋根面」が見えてくる。
現代の経済性優先の考え方を最も直視したローコストの工業製品の金属屋根くらいしか使えない予算で、「EDO」のボキャブラリーとして構成させる。や、まいったな。どうか「ホワイトモデルのままの姿」で出来上がってくれ(爆)。

最終的に期待するのは「実際に建築を含めた広場」が活用され、なにがしかの目的が全うされる事だ。放送局が主導するこのプロジェクトは「マスメディア」の力が加わるとどのようなパワーを生み出すものに変化して行くのだろう。そこがまた期待する所だ。

風のひと、土のひととコンテナハウス

風邪のひとは家にこもって病気をまずは治癒していただきたいが、どうやら「風のひと」は旅を続け情報の媒介者になるひとの事を云うのだろう。それに対峙するのは、「土のひと」その土地にしっかり根付いて、耕し、作物を育てたり、昔からの大地の智慧を受け継ぎ、またそれを伝えて行く人のようなイメージと言えばいいだろう。

コンテナハウスに興味を持つ方々は比較的「風のひと」が多いような気がする。それはその「可動性」を想起させるビジュアルによるものかも知れない。意識の奥底に「定着」「不動」というようなイメージから遠い人が比較的好む「コード」をコンテナ自体が秘めているからかも知れない。
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私どもからも「ロジスティクスを内包する建築」といういい方を積極的にしているし、事実その特質は一般的建築にはないものだ。似て異なるものにトレーラーハウスがあるが、これは建築物ではなくクルマの仲間だ。コンテナハウス=「移設可能な建築」は建築物だ。

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空と君とのあいだには、強靭なコンテナハウス(爆)

かつて男子達は幼少期には「隠れ家」という「ほったて小屋」をセルフヘルプで作るものだった。多分ヒトのDNAの中には自分たちを守るべき「シェルター」を作る本能があり、トリたちが自分たちのための巣を作るように、アナグマが土を掘って身を隠す「巣穴」を掘るように、適当な空き地を見つけては、木の枝や、廃木などを集め、出来れば「ツリーハウス」のようなものを作るものだった。私のような「山猿」のようなイナカ育ちのものは、それはそれはいくつも作って来たものだった。男子諸氏にも記憶にあるに違いない。 これは、私は必ずDNAの仕業に違いないと思っている。

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写真はプリミティブモデル(爆) 20FEETコンテナ1台で完結させた「All_in_one_MODEL」の躯体。

 

建築基準法では「屋根」があると「建築」という認識をする(爆)。「壁」よりも「屋根」なのだ。確かに「雨風をしのぐ」という表現の中でも、特に雨を防ぐ事がとても大事だ。当社の20FEETコンテナは4本柱とそれを繋ぐ梁で四角いボックスフレームを構成し、コールテン鋼材(2.0mm)の屋根板がかぶせられ、あとは必要な部分に「壁」が入り、機能や必要に応じて「開口部」が計画される。あるいはいくつかのコンテナが組み合わされ、建築空間を構成して行く。

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隠れ家の具現モデル

わかりやすいので、多くの場合クライアント自身も住宅の場合はその構成を考える事に参加する。なかなか突飛なアイデアも出てくるが、それはそれで今後の参考になる(爆)。断熱を施し、設備計画をした上でそれらを仕込み、室内の仕上の計画をし、仕上げて行く。多くのクライアントは照明計画に力をつぎ込みたい気持ちを持っているが多くの場合「予算の問題」で断念する。建築的に出来る「ヒカリ」あるいは「陰影」の計画には多くのコストはかからないが、そこまでの計画になると、素人の手にはおえない事が多いのでお手伝いする。

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写真は「タウンハウスモデル」

そんなこんなであなたの望む「シェルター=棲家」が出来て行く。空と君のとのあいだには、強靭なコンテナハウスが出来上がる。

かつて遠い昔私が学生だった時に「山本理顕」氏の卒業論文で「棲息論」という論文を読んでいたく興奮した事がある。いまや大家の「山本理顕」氏だが、学生の時の論文ですら建築雑誌に取り上げられていた。シェルターの哲学的解釈論のような論文であったが技術系の論文ではもちろんない。彼はすでに哲学者だったのだ。

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画像は「伸張型モデル」

建築家は哲学者でなくてはならない。経済活動の手先ではなく、造り出すものは都市を形成し国土の核を造り出していくのだ。国家的プロジェクトにおいては国家の顔を視覚化して行く、住宅も新たな人間の営みの家族のカタチを造り出していくようにきわめて重要な人間の営みなのだ。DNAの中になかったものはそのシェルターから生まれてくる国家論的関係性を解く力だ。