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若き建築家のための100の処方箋 No_002 建築は技術力をベースにした文学の世界

No_002 建築は技術力をベースにした文学の世界だ。または、「若き建築家が独立するとき」

建築は実はテクストだ。「最も文学に近くて遠い物理的構成物のレトリックの世界」だ。カタチは言葉であり、構成された空間は「文節」の集合である。つまり建築物を造る事は「物語を書く事」に概ね等しい。それは「ある一つの世界」を描く事になる。独立した物語りなのか、周りの状況に溶け込んで行く環境一体型の拡散型世界なのかそれは設定によることになるのだが、建築家の設計作業はモノカキが「文学作品を描く」という事と概ね等しいと考えられるのです。

 

構成の方法をよく、言語論的アプローチ、あるいは構造主義的アプローチを試みることがある。一方で建築も総合芸術の一つのジャンルであり「わたくしたちの中に潜む自由な表現の発露」を具現化する事が建築としての表現の一つであろうとも信じている。その構成のアプローチやマニエラが仕事の質を決定づけるものでもないが、かなりその手法によって作品の方向性は変わることがある。また、アートとして考えた時、クライアントの存在が消失してしまう。読み手のことを意識しながら描くのか、思いの丈を描くのかの違いだ。

 

気弱な言い方をするならば「アート的要素」に建築は満ちていて、その要素を抜きに仕事に臨むことは出来ないと思っている。そこで、「芸術と技術」というなかなか歴史的なテーゼが迫ってくる。「芸術性」は幼児アートの中にもあるが、技術に支えられたベースのある、例えばピカソの絵やモネの光溢れる絵画は十分な技法や技術に支えられていることは明らかで、文学もそのレトリックが秀逸であれば「うまい」と唸らせられる。建築も同じで「うまい」という言葉が素晴らしい作品を見たときに「設計家」たちの口からこぼれ出る事をあなたも知っているだろう。
どちらにしろ自分が納得できるスキルを何らかの方法で獲得しなければならないのは事実で、技術力がベースにあるのは確かだ。そのスキルを超絶に光らせるのがアーティストとしてのチカラだ。つまり、そのためのスキル獲得のためのプログラムを自分で考え作り、進まねばならない。ある時点でそのスキルと感性を信じて設計家たちは「独立開業」というモードに入るのだが、その判断は自分でやるしかないものの、実はそのサインはむしろ世間の中にある。周りが教えてくれると言っても過言ではない。そのサインを見間違わないようにスタートすべきだ。行動を起こしてからは自分を信じて進んでいこう。

 

 

写真はコンテナの壁面に施された、若い建築学生たちが描いたインスタレーションムーヴメント

happa