建築家はイタコか(爆)

建築計画 ファストイメージは「今ここにある」自分自身の投影体

建築の計画を依頼されて計画に入ると、一方では現地調査、一方ではコンセプトの立案、敷地そのものの特性、など、コンテクストを探る作業に入っていく。また、他方では自分自身の直感的イメージに左右されながら、上記の調査や事実、クライアントの意向などをメルティングポッドに入れて掻き混ぜる。というのが一般的なプロセスだろう。
しかしながら、現地にきちんと佇み、しばらく敷地やその周りを観察するならば、その時湧いてくる直感的イメージを今は大切にしたいと考えている。若い頃はその直感的イメージというのはまだバラバラのピースでその総体のカタチはすぐには見えなかった。それゆえ恣意的なものより「理論的」に導き出す方が自分に取っても解りやすかったし、クライアントに説明するにもそのほうが「コンテクスト」の中で流れがあり、意味があり、説得力があったように思う。

84674832_2759419757471308_2969563890515443712_o

直感的イメージがあるとするならば、ゲニウスロキに突き動かされた「イタコ」のような神がかりな存在と言う訳では無く、何かがその場の雰囲気からまとわりついて生成されてくるという感じなのだ(やっぱイタコやん)(爆)。
いや、そうじゃなくて(爆)、いくつものコンタクトデザインのピースが無数に登場し、例えば海のイワシの大群がイワシとは別の大きな立体的カタチを形作っていくように、「ある種の総体」を予感させるという感じだ(やっぱイタコやん)。

83496429_2759409577472326_7276934317626884096_o

違う(爆)。映画ベイマックスのヒロ・ハマダが発明したマイクロボットのように、操作する人間の意志が反映され何かを形作っていくような、そんな感じだ。

わかるやろ、あなたなら(爆)

84506520_2758412657572018_8889216039263404032_n

84708724_2759429734136977_4227930432831750144_o

そのイメージというのを「ファストイメージ」と呼んでみよう。このときクライアントの要望や希望はまだそれほど意識しておらず、クライアント自身になりきっていないので、自分色がどうしてもその中には強く混ざり込んでいる。一般的にはこのあと「要件」として、方位(ここではオリエンテーションね、家相もいいけど・・・)や、その地の風向き、季節的特質、重視すべき機能などを考えて、初めに抱いたイメージの中の不適切なものを剥ぎ取り、置き換えいわゆる設計作業を行う。
いやそれでいいんですけど、間違ってないんですけど、あなたが組織設計事務所で、その組織建築事務所が大切にしているものがあればそれを大切にしていかねばならないのですが、しかし一人の「設計家」として生きていくのなら「個性」も大きな「表現」の要素だと思うのです。

言い方を変えれば、「あなたが生きていく事そのもの」なのだと思っている。

つまり、個性的ファストイメージを剥ぎ取り、整えていく事はある程度建築物として必要ですが、それは一方で「個性」が薄らいでいく事でもあるのだと思うのです。依頼主があなたに頼みたいというのであれば、そのようなプロセス=新たな知識で、きっと素敵だったあなたの個性を切り崩す、あるいは塗り替えるのではなく、その個性をソフィスティケートする事が大事なひとつの方法だと最近は考えています。

ファストイメージは自分自身の投影体であり、設計家としての本質を指し示しているのです。それは、直感だからといって、一つの恣意的産物ではないのです。

あなたの背景が産み出した圧倒的創造物なのです。

いや、私の話なら信じられんかもしれんけど、写真はルドルフシュタイナーの黒板絵です。この黒板絵を見ると、ぜひそこまで行くべきだろうという事が信じられるでしょう。

9611_schtainer_ex01

84647880_2759612917451992_3725552519150043136_n

84353462_2759612924118658_8397851817593012224_n