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土地の記憶と窯変。歴史の記憶と建築。コンテナハウスの役割。

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比較的長い歴史を持つ街。と言った時、江戸末期が1850年あたり。その頃から言うと165年ほど時間は経過している。書物的な記憶はもっと時間を遡る事が出来るだろうが、165年の月日は世代交代を25年ほどとすると、6世代を超える世代交代という事になる。つまり、私ー親ー祖父母ー曾祖父母ー○×ー○×ー○×あたりまでさかのぼればそのような時代となる。いや、それはもう多少の記憶を持った紙は残っているが、ほとんど手がかりはないレベルの時間の流れだ。いわゆるなにがしかの超老舗の6代目から7代目が運営している店やビジネスのような世界だ。でもそんな「お家柄」であれば江戸末期の「建築物」や「家宝」や、「焼物」などであれば残っている事もある訳で、それが希有な事なので大切にしようという事なのだ。

とある今回の敷地はそのような屋敷も「記憶に残るレベルで存在していた地域」らしい。その記憶を掘り起こしながら、その時間の集積の中からいくつかの空間的な、あるいは文化的なコードを抜き出し、再構築を試みる。という「コトバ」でいうとなかなか壮大な試みだ。それらまだ残っていた屋敷の中庭から「石」を持ち出して広場に再配置したり、「カタチ」としての形態言語的記憶を再配置するという試みを行っている。それらのコードやモードをスーパーインポーズして行くと、新たなノードが形成される事もあるのではないかという試みなのであろうが、相当な外的エネルギーを注がねばそれに気づく事すらないだろう。

でもまあ、それはそれでいいのだ。と割り切ってしまえばある意味面白い試みだ。なんとなく多くの関係者が納得する感じはある。そんな文化を伝えたり、歴史の記憶を考える広場という役目は私的なものとしてはなかなか作られる事はないので、社会的な建築という事になる。

そこにコンテナハウスが登場する意味は何なのだろう。必然というには苦しい。実は「期間限定」という要因によって生まれた発想だ。しかも再利用も出来るサスティナブル性は現代社会に不可欠だ。しかし「カタチ」的には元々のコンセプトを守るにはなかなか無機質なハコである。しかしてコンテナは大屋根という外皮を纏う事となったのだ。5年程度で経済的な償却をする事は難しいのだから、予算は限られてくる。大上段に構えた太刀(コンセプト)を振り落とすには渋い予算で物事は進み始める。

無駄な予算をかけるのはもちろん「もったいない」ので、その精神のエキスだけを残しながらプロジェクトは進んで行く事となる(爆)。でもまあ楽しんでるよ。最近「ダブルスキン」的コンテナハウスのデザインを進める事が多くなった。それはダブルスキンの機能を追いかけるというより、何かを纏わねば少しボキャブラリーが足りないというちょっと薄ら寒い感じがしなくもない。ただ、コンテナハウスの使い方の一つの方向ではあると思っている。

日テレ

屋根を受ける構造材もコンテナの構造体から伸張させて作ろうとしている。構造的に合理的で経済的で、かつその屋根勾配が「瓦」の勾配屋根に近くしたいのだが、広場もこんな立地の中ではなかなかの広さがある。視点の引きがとれるから平屋の屋根だから、遠景からは「屋根面」が見えてくる。
現代の経済性優先の考え方を最も直視したローコストの工業製品の金属屋根くらいしか使えない予算で、「EDO」のボキャブラリーとして構成させる。や、まいったな。どうか「ホワイトモデルのままの姿」で出来上がってくれ(爆)。

最終的に期待するのは「実際に建築を含めた広場」が活用され、なにがしかの目的が全うされる事だ。放送局が主導するこのプロジェクトは「マスメディア」の力が加わるとどのようなパワーを生み出すものに変化して行くのだろう。そこがまた期待する所だ。